もうかなり前のことだが、母の友人が自殺した。某大企業の役員になったエリートの夫、いい大学を出て自立した息子たち。その頃は夫婦でマンション住まいをしていて、私も母にくっついて、小さかった子供を連れて何度か訪ねたことがあった。彼女はうつ病を患って精神科に通っているという話だった。病気が悪くなったきっかけは、夫と二人で海外旅行に出かけたことだと言っていた。夫が英語でのやり取りを彼女に全てやらせようとするのがとても嫌だったらしい。当時の私にはあまりピンと来ない話だったが、今はなんとなくわかるような気がする。彼女も家族のためだけに生き、男に支配された人生だったのだ。

昼間からカーテンを閉め切って鬱々として生活している彼女に、夫は元気よく手をあげて「じゃ! がんばれよ!」と言って出社していくのだと言っていた。

そして彼女は自殺した。夫は妻の死後、彼女が書き溜めていた句集を自費出版して友人たちに送り、すぐに再婚した。

母が、彼女の慰めにと用意していたフクシアの鉢植えを渡す機会はなかった。不思議なことに、このフクシアは母の玄関先に置かれていたある時、突然に枯れた。掘り上げてみると、土の下の根がかさかさに縮んでいて、根が先に枯れていたのだとわかった。後にも先にも植物があんなふうに枯れるのを見たことはない。あれ以来、私にとってフクシアは不吉な花になった。